さて、一命を取り留めた自分は、一週間ほどの間、ベッドの上で寝たり起きたりを繰り返しながら点滴で治療を受けていました。
食事はとれないし、食欲もないし、今が昼なのか夜なのかすらわからず、ひたすら看護師さんのお世話になりながら、身を横たえていただけでした。
寝ても寝ても、起きてしばらくするとまた眠りに落ちてしまい、この期間はあまり意識がはっきりしない状態でした。
ようやく意識がはっきりしてきたのは、そうして一週間を過ぎた頃です。
ゼリー状のものを口にできるようになり、看護師さんの話も聞こえるようになり、排尿したりすることができるようになってきたのもこの頃です。
そこで客観的に感じた自分の姿に愕然としました。
病院に支給された寝巻を着て、おむつを当てられ、点滴に繋がれたまま何もできずに横たわることしかできない。
自分の身に起こったのが脳梗塞であることを知ったのもこの頃です。
でも、その時自分は、脳梗塞というのがどういう病気かちっとも理解していなかったのです。
どうやら排尿する機能が弱っているらしく、カテーテルを入れられて排尿し、少しずつゼリーを口に入れる。
新生児や寝たきりのお年寄りのような状態でした。
しかし、ようやく状態も安定してきたらしく、ベッドのある大部屋の病室に移されました。
これが発病してからおよそ10日後。
病室では、親族が面会に来てくれました。
現在同じ棟に住んでいる叔母や、母、兄弟。
最初は寝たまま対応するしかなかったのですが、間もなくベッドに身を起こせるようになり、それとともに、面会に来てくれた人の話を聞いて、自分の身に起こったことがどういうことなのか、ある程度正しく把握することができるようになってきました。
脳梗塞により、小脳が壊死してしまっていること。
小脳は、筋肉を動かす機能や平衡感覚を司る場所で、そこが失われたために今は数々の障害が出ていること。
倒れた時に左半身が麻痺していると感じたが、それは低体温によるもので、今は麻痺している箇所がないこと。
特に、筋肉を動かす、というところで、私は走ったり体操をしたりする機能の低下、と考えていたのですが、考えてみれば、食事をするときに口を動かすのも、筆記するときに手を動かすのも筋肉ですから、その機能が失われているということで、うまくしゃべれないですし、文字も書ける状態ではありませんでした。
食事の際にも、前掛けをして、スプーンでゆっくりとたべものを口に運び、白米はおかゆのように柔らかくした軟飯しか口にできませんでした。
しかし、私は、寝たきりからの回復を感じて、親族に自分の携帯電話を持ってきてもらい、この時会社の同僚や友人に、こういったメールを送っています。
「来週には退院できるんじゃないかと思うんだけど」
まったく能天気としか言いようがありません。
まだリハビリも始めていない段階で、軟飯しか口にできず、おむつをあてた状態で、今から思えば、この病気について何と無理解であることか。
しかも、たったこれだけの文章を携帯で打つのに、1時間ほども時間がかかるほど、指すら自由に動かせない状態だというのに。
しかし、他人とコミュニケーションを取り、携帯電話のメールで外の世界との繋がりを復活できたことで、自分の中に徐々に復帰への活力が出てきたのもこの頃でした。
そしてこの後、病院内でリハビリを開始し、仕事関係の方のお見舞いを受けるようになって、自分に本当は何が起こったのか、そして今の状態がどういう状態であるのかが徐々に明らかになってきました。
■参考HP
「脳の機能障害」