2014年6月30日に退院が決まり、私の入院生活は、いよいよ実生活に復帰することを念頭に置いた、実践的なものになりました。
まず、一時帰宅時に止まってしまっていた自宅の電話回線とネット環境の整備です。
インターネット環境については、突然倒れ、3か月入院しているうちに、自動引き落としの残高が足りなくなり、引き落とし不能になって止まってしまったのですが、退院してもしばらくは自宅療養とはいえ、通信環境は社会との接点や情報収集のツールとして不可欠です。
これを、各電話会社やプロバイダと、病院から電話で連絡を取って復旧させます。
電話をする、契約条件を確認する、という、生活では当たり前にやることが、その時の自分には、慎重を期すことであり、社会復帰、ひいては職場復帰のための重要な練習になりました。
また、残り1か月弱となった入院生活時のネット環境の確保のため、レンタルwi-fiを申し込みました。
これでインターネットやメールが使えます。
それから、病院でもできる仕事を少しずつ始めました。
会議をしたり、営業を掛けたりはできませんので、通常ならアルバイトの人に頼むような簡単な作業を、社員の人に頼んで回してもらいました。
やってみて思ったのは、入院時の私は、健康保険組合からの傷病手当で入院費用や生活費用を賄っているので、会社からこうして仕事を練習のために受けられたのですが、こうすれば会社にとってもアルバイトに回す仕事を私に回せるのですから、私も会社も助かります。
やはり福利厚生がしっかりしているのは重要だと再認識しました。
ともあれ、こうして病室でもできる作業を受けて、パソコンで仕事をしてネットで送っていました。
入院中に、こうして簡単なものでも仕事が出来たというのは、社会復帰に向けた大きな自信になりました。
リハビリでも、電車に乗る訓練をし、通勤のための練習をしました。
PTさんのリハビリは、この頃になると生活を前提にしたものが中心になっていて、自動販売機への硬貨の投入のための指先のリハビリ、洗濯干し、床のものを拾う訓練などを反復して行いました。
そして食事も、軟飯から通常のご飯になりました。
そして、ときどき面会に来てくれる社員に頼んで、退院直後の7月上旬に行われる、自分が勤める会社の関連する見本市イベントに同行させてほしいとお願いしました。
それについては、同僚が社用車で送迎して同行してくれることになりました。
こうして、着々と社会復帰、生活への復帰が進んでいるようですが、それでも、自分の体はまだ自由に動くのには程遠い状態でした。
階段の昇降は手すりがないと不安でしたし、バランス感覚が失われているので、急な体の動きには対応できずに転倒の危険性が常に付きまといます。
例えば、家の蛍光灯を取り換えるために脚立に上がって作業するのは無理そうです。
こうした状態ですから、退院後のリハビリの内容指導や、栄養指導も行われました。
また、リハビリスタッフが実際に私の自宅に来て、家の内外のチェックをし、手すりなどつけた方が良いポイントを指摘してくれました。
主にお風呂のような滑りやすい場所と、玄関や洗濯を干す場所などの段差のあるところが要注意です。
どうしても、自分が普通に生活していた場所ですから「慣れているから、そんなに心配しなくても」と思ってしまいがちですが、体が不自由であることは、想定外の危険をはらんでいます。
私も退院後、それに気づくことになりました。
ともあれ、こうしていよいよ退院の日を迎えることになりました。
■参考HP
・脳梗塞発症後、家庭復帰のための環境整備
[2015.3.14]