さて、発病したのが、2014年3月28日。
入院して治療をし、リハビリ病棟を経て退院したのが6月30日。
自宅療養しながら、徐々に会社に通い始めて、毎日通勤が出来るまでに回復したのは、2014年10月20日のことでした。

毎朝5時半くらいに起床して朝食を摂り、、薬を飲んで体重、血圧を計り、シャワーを浴びて出勤し、仕事をして、昼食を摂り、18時くらいに帰宅。
夕食を作って食べ、薬を飲んで、日記を書いて血圧を計って就寝。

こうした感じの毎日でした。

当時、筋力は、まだまだ十分回復したとは言えませんでした。
特に脚の筋肉の回復は不十分で、歩くのに不自由はないものの、電車ではつり革や掴まるところがないと危ないですし、階段の上り下りも手すりなしでは危険でした。走ることもできません。
床に落ちたものを拾うためにかがむとバランスを崩してしまいますし、逆に高いところのものを取ったりすることもできない状態でした。

しかし、1日8時間の通常勤務は問題なくこなせましたし、事務仕事や書類作成などの仕事は普通にこなせました。

当然、食事には気を使い、40日に一度、病院に通って常に薬を処方してもらい、服用することは必須でした。

それでも、発病から半年以上の期間を経て、職場に復帰することが出来たのは、何にも代えがたい喜びでした。

任せられる仕事があり、自分がそれをこなして会社に貢献できるという、シンプルな喜びに気づきました。

一方で、毎日出勤できるようになって、決めたことが一つありました。

これまでは、会う人ごとに、自分の身に起こった病気のことを話していました。
それを止めようと決めました。
なぜなら、自分が脳梗塞を患い、未だ十分に回復しきっていないことは事実ですが、この病気とはこの後ずっと付き合っていくべきであって、もう自分は回復して復職できるほどの状態になっていることの方が重要である、と思ったからです。

「自分はもう十分に回復している、でも、病気によって失われた体の機能があることは認めて、それと向き合って生活していく」

今日に至るまで、この気持ちを持って生活してきました。

そして、これまで書いてきたことが、職場に復帰するまでの顛末です。

次回以降、病気によって失われた体でどのように生活しているのか、どのような不都合があるのかについて、綴っていこうと思います。
また、どのような楽しみを抱えて、どんな気持ちで生活を送っているのかも、少しでも知ってもらえたら、と思います。

[2015.05.06]