タイトルになぜ「自分で動かせるようになるまで」と書いたかというと、それまでは室内以外の移動は看護師さんに介助してもらっていたからです。

トイレへ行くのはもちろん、病室に帰るときもトイレ内のナースコールを押して看護師さんを読んで車椅子を押してもらい、入浴の時も看護師さんを呼んで移動をお願いしていましたし、リハビリの時も、リハビリスタッフが病室へ迎えに来てくれて、車椅子を押してくれていました。

単純に、まだ自走するのは危ないからという理由です。車輪を動かしたり方向転換するための腕の筋肉も回復してないし、脳梗塞で壊死した小脳の影響で、注意力も散漫で余裕がありませんでしたから、これは当然です。

当時、パソコンを持ち込んだ自分は、少しずつ病室で日記を書き始めましたが、それを見ながら、自分で車椅子を動かせるようになるまでを振り返ってみます。

この、「回復期リハビリテーション病棟」への入院は、2014年4月22日。翌日から起立訓練リハビリを開始して、当初はADLの確認、入院生活への慣れのための様子見の期間です。
また、腹筋や腕の筋肉のトレーニングをして、普段使う筋力の回復を続けます。

4月28日、リハビリ時には歩行のための訓練を始めました。しかしこの時はまだ介助付で足を進めることしかできません。

4月29日、リハビリで車椅子で自走するテストを行いました。
トイレまで自走して、往復の様子をテストします。
また、リハビリスタッフ介助のもと、病室フロアの徒歩訓練も始まりました。
1周約50メートルほどの病棟を歩くのに2分半かかっています。

4月30日、リハビリでは看護師さんの付き添いで歩行訓練、そして、担当医と婦長さんとの面談を経て、フロア内での車椅子での自走が認められました。

ここまで入院から8日間。
早いと思うかどうかは人それぞれですが、自分としてはとても嬉しかったことを覚えています。

もう、トイレに行くのに看護師さんを呼ぶ必要がない。
トイレから病室に帰るのにも。

車椅子での自走が認められれば、入浴時に浴室への移動も自分でできます。

もう、やるべきことをするために看護師さんの手を煩わせる必要がない。
これは倒れてからこの方、自分の中にあったストレスを軽減させました。

「人の助けを借りないと何もできないのはつらいし悲しい」

看護師さんを呼ぶたびにそう思ってしまう気持ちが、軽くなったのです。

もちろん、看護師さんたちは誰も、患者さんの介助をすることを面倒がったりしません。
嫌な顔一つせずに患者さんたちのために働く皆さんには本当に頭が下がります。

でも。

やはり自分の中には、まだ働き盛りと言っていい年齢で、脳梗塞で倒れて体の機能の多くを失ってしまったことに、深い反省と後悔がありました。
自分が情けなかったし、何もできない自分の無力さを感じましたし、、この先の人生を生きることのイメージが出来ずに、暗闇の中をやみくもに歩いているみたいでした。

それが、一つステップアップして、ぱっと光がさした気がしました。

「このまま頑張れば、近い将来、退院してまた会社に戻れる」

そういう希望を持つことが出来たのです。
希望が人間にとっていかに重要なことか、この時知りました。
そして、希望を持ってモチベーション高くリハビリに臨むことが、社会復帰への近道でした。

■参考HP
・「回復期リハビリテーション病棟協会」
・「車椅子自走について」

[2015.02.03]