発病からおよそ3週間が経過して、転院の話題が出たのは、病気の治療が、急性期から回復期にかかったからでした。

ひとまず救急治療が成功して、体調が回復に向かっていること、今後は生活に支障がないよう、リハビリをして失われた体の機能を取り戻していくことが必要になる、という時期になりました。

しかし、リハビリのための病院は、ベッドの空きがなく、今は待ちの状態。
毎日、病院でリハビリに励みつつ過ごしていました。

しかし、自分自身でも感じていたのです。

もう、自分の状態は、救急病院で、緊急医療が必要で、それに応じた看護が必要な状況にいるものではない、ということに。
なので、一刻も早い回復を目指す気持ちばかりが膨らんで、今の看護状態が「過剰に過ぎる」或いはリハビリの負荷も「物足りない」と感じつつあることを。

しかし、ほどなくベッドに空きが出て、転院することが決まりました。

それを聞いたのはリハビリ中にPTさんからでした。
急なことで、転院が決まった翌日に移ることになっていて、病棟の申し送りの際にスタッフのみなさんに知らされたようです。
PTさんからは「次にお会いするときは、自分の脚で歩いて来てください」と言われましたし、勿論自分もそのつもりでした。
既に歩行器や杖を使って歩行するまでに回復していたので、これからどんどん良くなる希望が自分の中にありました。

そうして2014年4月22日、私は救急搬送された病院から、リハビリのための病院に転院しました。
車椅子のまま介護タクシーで、母と叔母に付き添われて。

天気のいい、4月の平日。
久しぶりに車の窓越しにみた病院以外の景色に、気持ちが昂ぶりました。
そして、改めて決意しました。
「次に病院の外に出る時は、自分の脚で動けるようになっていよう」と。

そうして次の病院に着き、入院手続きをして、レントゲンを撮影し、病室に入りました。
恐らく病院の気遣いもあったのでしょうが、個室でした。
そして、担当の婦長さんと挨拶をし、体重を計ったり、血圧を計ったり、基礎的なデータを取ってもらいました。

自分が入った病棟は、まさにリハビリを行うための病棟で、同じフロアの患者さんは、自分の脚で移動できる人と、車椅子の方が半分ずつくらい。
そして、毎朝食堂に集まって、起立訓練を行うこと、毎日、PT、OT、STそれぞれのリハビリが入ること、自分の場合は、この個室で食事をとること、週に2回の入浴があることを説明されました。
この病棟では、日常生活の全てがリハビリに繋がることを言われました。
また、ベッド周りの、ナースコール、テレビ等の使い方も説明してもらいました。

そして、その時のADLの状態をチェックしてもらいました。
ADLというのは、自分の体が、どのように生活できるのかを知るための体の状態のチェック表のようなもので、この時の私のADLはこのようなものでした。

移動:車椅子、要介助。
排泄:見守り。
入浴:要介助。
食事:自立。

それでも、食事が終われば、個室についている洗面台で歯磨きを自分で行うようになりましたから、自分の身の回りのことをできるようになる、という意味では、一歩前進しました。
前の病院では、うがい用の容器を使ってベッドで歯を磨くしかなかったのですから。

しかし、注意されたこともありました。

自分の判断で車椅子で動かないこと。
ベッドを降りて自分の脚で動かないこと。
つまり、転倒したりする危険は絶対にしないこと。

婦長さんに言われましたが、リハビリをして、体を動かすことに慣れてくると、自分の体の状態や現在の能力以上にできると思い込んで、転倒してしまったりする例があるとのこと。
しかも転倒すると、普通の人は緩やかに転ぶこと、手を付いたりして衝撃を和らげることもできるが、脳梗塞の患者はそうしたことができないため、大怪我につながりかねないことを説明されました。

なるほど、そうでしょう。
何せ、自分はやっと立つことができる程度の回復度で、支えなしに歩くことはできないし、体の回復はまだまだこれからでしたから。

いずれにせよ、こうして転院し、本格的なリハビリを行うことになりました。

■参考資料
「ADLとIADL」
「回復期リハビリテーション病棟協会」
「介護タクシー配車案内」

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[2015.01.25]